東名子屋町(読み)ひがしなごやまち

日本歴史地名大系 「東名子屋町」の解説

東名子屋町
ひがしなごやまち

[現在地名]会津若松市行仁町ぎようにんまち

てら町の中ほどより北の方田圃に出る通りで、長さ一町一三間・幅三間、家数一七で「八角分の地雑はれり」とある(新編会津風土記)。寛文六年(一六六六)の「会陽町街改基・惣町」には名子屋町と記される。文化四年(一八〇七)の「若松風俗帳」には「此町御家人並職人雑居仕り候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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