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東宝劇団 とうほうげきだん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東宝劇団
とうほうげきだん

東宝株式会社専属の演劇団体。第1次,第2次とあり,第1次は 1934年新しい国民劇創成を目的として,夏川静江,坂東簑助 (8世三津五郎) ,市川寿美蔵 (寿海) ,中村もしほ (17世勘三郎) ,市川高麗蔵 (11世団十郎) ,片岡芦燕 (我童) ら 30~40名の男女俳優で組織された。 39年の自然消滅まで 71公演,100種以上の歌舞伎現代劇を上演し,おもなものに『人間万事金世中』『盲目の兄とその妹』『新版太閤記』『勧進帳』『ポーギー』『時と恋愛』などがある。第2次は,61年3月8世松本幸四郎 (1世白鸚) ,市川中車,中村芝鶴,中村又五郎市川染五郎 (9世幸四郎) ,中村万之助 (2世吉右衛門) ら歌舞伎俳優 36名で結成,歌舞伎劇,新作時代物,現代物を上演。おもな演目は『寿二人三番叟』『野薔薇の城砦』『有間皇子』『根元助六』『熊谷陣屋』『義経千本桜』『花の生涯』。 80年に8世幸四郎がフリーとなって松竹の舞台に復帰,自然消滅した。

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世界大百科事典内の東宝劇団の言及

【東宝[株]】より

…続いて翌年には有楽座を完工し,やがて日本劇場,帝国劇場をも傘下に加えて,アミューズメント・センターと呼称し,従来松竹がほぼ独占した形であった商業演劇の世界に進出し,ついには興行界を松竹と二分するまでに至った。歌舞伎では,35年の有楽座開場に際して,松竹俳優の中から坂東簑助(のちの8世三津五郎),中村もしほ(のちの17世勘三郎),市川寿美蔵(のちの3世寿海),市川高麗蔵(のちの11世団十郎)らを引き抜いて〈東宝劇団〉と命名し,それまで歌舞伎座が一等席8~9円していた入場料を2円でふたをあけるなどおおいに物議をかもしたが,歌舞伎公演に不慣れのためとかく興行成績がふるわず,わずか3年足らずのうちに消滅した。一方,浅草の作家であった菊田一夫を迎えての古川緑波一座の喜劇は,それまでに見られなかった新しい東京喜劇のジャンルを開拓し,《ガラマサどん》《花咲く港》などの作品を生んで人気が高まった。…

※「東宝劇団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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