東矢場(読み)ひがしやば

日本歴史地名大系 「東矢場」の解説

東矢場
ひがしやば

[現在地名]東区東矢場町

情妙じようみよう寺の東南にあたり、「蓬州旧勝録」に「情妙寺前町東へ行、土橋を越へ北南の諸士小路二筋在り、此二町を差て矢場と云、弓矢場は東町中程より入東側也」とあり、「編年大略」に「指矢堂、建中寺東と万松寺後北と両所に出来也、但、矢場は古よりありとも云々」とみえ、京都三十三間堂の形を模して作られたといわれる。南(万松寺裏)に対して東矢場と称したが、文化四年(一八〇七)に南は廃され、東のみ明治維新まで続いた(府城志、明治二年名古屋図)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 尾府名古屋図

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む