東矢島村(読み)ひがしやじまむら

日本歴史地名大系 「東矢島村」の解説

東矢島村
ひがしやじまむら

[現在地名]太田市東矢島

東別所(ひがしべつしよ)村の西にあり、西は西矢島村など、南は邑楽(おうら)郡古戸(ふつと)村、東は同郡古氷(ふるこおり)村(現大泉町)などと接し、境域は南北に長い。応永一一年(一四〇四)四月七日の新田庄内惣領知行分注文写(正木文書)に「矢嶋村浜田郷内」とみえる。寛文郷帳では田方八〇〇石余・畑方三七五石余、館林藩領。天和二年(一六八二)の分郷配当帳では高一千二〇七石余分が旗本奥山領などの五給。元禄郷帳では旗本奥山領などの六給。江戸後期の御改革組合村高帳では旗本六給で、家数六一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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