東荘分(読み)ひがししようぶん

日本歴史地名大系 「東荘分」の解説

東荘分
ひがししようぶん

[現在地名]篠山市今田町東庄こんだちようひがししよう

釜屋かまや村の東に位置する。南流する四斗谷しとだに川に笛地ふえじ川が注ぐ。南東三本さんぼん峠がある。慶応三年(一八六七)下立杭しもたちくい村から割かれて成立したという(今田町史)。明治六年(一八七三)調では反別は田五反余・畑二町四反余で、高二九石余、同一六年の戸数一八・人数八五(多紀郡地誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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