東阿高村(読み)ひがしあだかむら

日本歴史地名大系 「東阿高村」の解説

東阿高村
ひがしあだかむら

[現在地名]城南町東阿高・阿高あだか 朝日あさひ

阿高村の東隣に位置し、北方浜戸はまど川を望み、その沿岸部の低地以外は、標高一〇〇―二〇〇メートルの山麓台地である。隈庄くまのしよう村から南の境古保山こおやま(現松橋町)へ至る道が通る。福融山千々谷ちぢや(屋)寺は室町後期の禅宗寺院だが、平安末期作の木造馬頭観音立像(県指定重要文化財)があり、当初は天台宗の寺院であったと推定される。字城山じようやまには阿高城跡があり、戦国期隈庄周辺での攻防戦に関与したと推考される。慶長一二年(一六〇七)検地帳が作成されている(「肥後豊後検地諸帳目録」県立図書館蔵)が、元禄国絵図にも「阿高村之内東阿高村」、「国誌」に「阿高村ノ内」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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