東難波村(読み)ひがしなにわむら

日本歴史地名大系 「東難波村」の解説

東難波村
ひがしなにわむら

[現在地名]尼崎市東難波町一―五丁目・扶桑町ふそうちよう西長洲町にしながすちよう一丁目・同三丁目・久々知西町くくちにしまち一丁目・尾浜町おはまちよう二―三丁目・南七松町みなみななつまつちよう一丁目

尾浜村の南に位置する。永正年間(一五〇四―二一)と推定される一一月五日の宇佐永弘氏輔書状(永弘文書)に「ひかしなにハ」とみえ、豊前宇佐八幡宮の給所となっていた。永禄九年(一五六六)七月一七日に篠原長房勢が陣所としたなかに「難波東西」がある(細川両家記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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