松屋新田(読み)まつやしんでん

日本歴史地名大系 「松屋新田」の解説

松屋新田
まつやしんでん

[現在地名]堺市松屋町一―二丁・松屋大和川通(まつややまとがわどおり)一―四丁・緑(みどり)町一―四丁・三宝(さんぽう)町六―九丁・海山(かいさん)町五―七丁など

大和川河口部南側、弥三次郎(やさじろう)新田の西にある。もと大和川河口の土砂堆積の洲であったが、延享二年(一七四五)、堺川尻(かわじり)(宿院町浜)の松屋(竹中)作右衛門が開発に着手、宝暦二年(一七五二)七月までに四町五反余を開発、検地を受けた。その後も開発が進められ、寛政一一年(一七九九)一〇月に五町六反余、嘉永六年(一八五三)一二月には二四町二反余の検地を受け、総反別三四町四反余の新田となった(三宝村誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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