板嶺村(読み)いたのみねむら

日本歴史地名大系 「板嶺村」の解説

板嶺村
いたのみねむら

[現在地名]麻生町板峰いたのみね

くら川の左岸にあり、東は小牧こまき村。中世小牧郷のうちにあり、小高氏の支配下にあった(新編常陸国誌)。同氏滅亡後は佐竹氏領となったが、佐竹氏の秋田移封により旗本領となる。文政一一年(一八二八)の常州行方郡最寄四拾三ケ村組合議定連印(関戸家文書)には、石野弥五郎知行所一九二石余・名主忠五郎と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む