板嶺村(読み)いたのみねむら

日本歴史地名大系 「板嶺村」の解説

板嶺村
いたのみねむら

[現在地名]麻生町板峰いたのみね

くら川の左岸にあり、東は小牧こまき村。中世小牧郷のうちにあり、小高氏の支配下にあった(新編常陸国誌)。同氏滅亡後は佐竹氏領となったが、佐竹氏の秋田移封により旗本領となる。文政一一年(一八二八)の常州行方郡最寄四拾三ケ村組合議定連印(関戸家文書)には、石野弥五郎知行所一九二石余・名主忠五郎と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む