柳生城跡(読み)やぎゆうじようあと

日本歴史地名大系 「柳生城跡」の解説

柳生城跡
やぎゆうじようあと

[現在地名]奈良市柳生町

打滝うちたき川沿いの柳生小盆地の東側、芳徳ほうとく寺東南の標高約三二〇メートルの山上にある。小郭・土塁・空堀などがわずかに残る。中世末期から近世初期の柳生氏の居城。「国民郷士記」に「柳生山城柳生徳有斎」「柳生徳有斎慶長年中 柳生市兵衛 柳生但馬守 柳生飛(ママ)守」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 豊田

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む