栃山新村(読み)とちやましんむら

日本歴史地名大系 「栃山新村」の解説

栃山新村
とちやましんむら

[現在地名]滑川市野町のまち

早月はやつき川が形成した新扇状地の扇央部に位置し、西は柳原やなぎはら村。村名の由来はかつて栃山村領であったが、のちに分離して村立てされたことによると伝えている(北加積村誌稿)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印によると草高九八石、免三ツ四歩(三箇国高物成帳)。所属組は上島かみじま村と同じ。享保一八年(一七三三)の新川郡村廻帳(川合家文書)では村肝煎は庄左衛門、家数一二(百姓九・頭振三)。明和五年(一七六八)の家数一三(奥野家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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