上島(読み)うえじま

精選版 日本国語大辞典 「上島」の意味・読み・例文・類語

うえじまうへじま【上島】

  1. ( 「うえしま」とも ) 姓氏の一つ。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「上島」の意味・わかりやすい解説

上島(町)
かみじま

愛媛県北東部にある町。2004年(平成16)越智(おち)郡の弓削(ゆげ)町と魚島(うおしま)、生名(いきな)、岩城(いわぎ)の3村が合併して成立。町域は、瀬戸内海のほぼ中央に位置し、芸予(げいよ)諸島の弓削島生名島岩城島と燧灘(ひうちなだ)の魚島が中心となり、高井神(たかいかみ)島、佐(さ)島、豊(とよ)島、そして無人の赤穂根(あかほね)島、津波(つば)島などの島嶼(とうしょ)からなる。瀬戸内海国立公園域。因島(いんのしま)、三原、今治(いまばり)からの定期船があり、弓削島と佐島は弓削大橋で結ばれており、さらに佐島と生名島を結ぶ生名橋が2011年(平成23)、生名島と岩城島を結ぶ岩城橋が2022年(令和4)に完成した。中世には荘園が置かれ、揚浜(あげはま)塩田などで知られ、室町期には因島を本拠とする村上水軍の属領となった。水軍の城跡、見張所跡、製塩の遺跡などが残る。近世には瀬戸内海水運の要衝として栄え、漕船(そうせん)組や廻船(かいせん)問屋があった。寺院も多い。江戸時代、魚島と弓削は今治藩、生名と岩城は松山藩に属した。岩城島には諸藩参勤交代の本陣(三浦家)が置かれ、この三浦邸は現在、郷土館となっている。伝統的に漁業が主産業で、とくに魚島のタイ網漁業の歴史は古く、上方(かみがた)市場にもその名が聞こえたが、昭和に入り漁獲量が減少。近年は、養殖業や水産加工に力を入れている。弓削のノリ養殖は有名。農業は段々畑を利用した柑橘(かんきつ)類栽培中心で、岩城のレモン、弓削のハッサクなどが特産。また、因島への通勤者も多い。生名島の立石(たていし)山(139メートル)には巨石群の遺跡があり、岩城島の積善(せきぜん)山(370メートル)からは瀬戸内の多島海が見渡せる。弓削島には1901年(明治34)創立の弓削商船高等専門学校がある。祥雲(しょううん)寺観音(かんのん)堂、定光(じょうこう)寺観音堂、亀居(かめい)八幡神社の宝篋印塔(ほうきょういんとう)は国指定重要文化財。面積30.38平方キロメートル、人口6509(2020)。

[編集部]


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改訂新版 世界大百科事典 「上島」の意味・わかりやすい解説

上島[町] (かみじま)

愛媛県北東部,芸予諸島に属する越智(おち)郡の町。2004年10月弓削(ゆげ)町と生名(いきな),岩城(いわぎ),魚島(うおしま)の3村が合体して成立した。人口7648(2010)。

上島町北部の旧村。越智郡所属。人口2124(2000)。芸予諸島に属する生名島と大小9個の無人島からなる。海岸は入江がほとんど埋め立てられて集落,耕地となっている。海を隔てて広島県尾道市旧因島市に対し,因島の造船所などへの通勤者が多い。商圏,文化圏とも広島圏に属し,因島市への編入が議決されたこともある。特筆すべき産業はなく,傾斜地でのかんきつ類の栽培とノリ養殖が行われる。藩政時代には松山藩の流刑地で,久万山26ヵ村の農民が紙の専売制と茶の値下がりで年貢に苦しみ,大洲藩に逃散した久万山騒動の責任者で家老の奥平久兵衛が流罪になっている。瀬戸内海国立公園に属し,立石山を中心に観光化が進められている。

上島町西部の旧村。越智郡所属。人口2289(2000)。芸予諸島に属する岩城島,赤穂根島,津波島からなり,赤穂根・津波両島は無人島。岩城島は瀬戸内海交通の要衝の地で,古代末期には石清水八幡宮領の荘園があり,中世は製塩の島として知られた。藩政時代には参勤交代の海上宿駅に当たり,本陣が置かれ港町として栄えた。造船関連工業を基幹産業とし,因島の造船所への通勤者も多い。農漁業では,ノリなどの養殖漁業や傾斜地を利用したかんきつ類の栽培が行われ,県立果樹試験場分場がある。祥雲寺観音堂は重要文化財。瀬戸内海国立公園に属し,特に岩城島積善山からの眺望がよい。

上島町南東部の旧村。越智郡所属。人口334(2000)。燧(ひうち)灘の中央部に位置する魚島,高井神島と無人島の江ノ島および属島からなる。魚島は古くは沖島と呼ばれたが,元禄期(1688-1704)以降,魚島と称するようになる。本土や他の島嶼(とうしよ)から隔絶しているため,漁業以外見るべき産業はない。藩政時代にはタイ漁が盛んで,第2次世界大戦前には朝鮮海域にも出漁したが,近年出漁は小規模化し,ノリ,タイなどの養殖漁業が活発である。水田はなく,傾斜地を利用してかんきつ類の栽培が行われる。魚島~弓削島~因島間の定期船が島民の足で,通学や郵便物の逓送に利用されている。瀬戸内海国立公園に属する。
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上島町東部,瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島の東縁部に位置する島で,愛媛県の北東端にあって佐島,豊島,百貫島とともに越智郡旧弓削町を構成した。同町の人口3858(2000)。旧越智郡の島嶼部のうち西方の岩城・生名両旧村とともに上島諸島と呼ばれ,その中心となっている。島は南北に細長く,面積9.65km2。中心集落の下弓削は砂州上にあり,島は主として石英雲母片岩,花コウ岩からなり,各所で石材や石灰岩を採取した。島の北端の鯨集落などから先土器時代のナイフ形石器が出土している。古くから製塩が行われ,東寺領の荘園(弓削島荘)であった。江戸時代は今治藩領で,田頭(たがしら)氏の一族が代々庄屋と本陣を兼ねた。島ではかんきつ類の栽培も行われるが,海を挟んで数百mの広島県因島の造船所への通勤者が多く,島内には下請企業も多い。1901年に設立された弓削海員学校は現在,国立弓削商船高等専門学校となっている。弓削神社境内の法王ヶ原など,島の一部は瀬戸内海国立公園に含まれる。土生(はぶ)にある定光(じようこう)寺の観音堂は重要文化財。
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日本歴史地名大系 「上島」の解説


かみこしきじま

甑島列島の主島の一つで、きわめて複雑な海岸線をもつ列島北端の島。面積四四・一九平方キロ、最高点は遠目木とおめき山の標高四二三・三メートルで、さと村・上甑村がある。地形的特色は海岸地形によって明瞭である。島軸の走向は北西―南東に約五・五キロであるが、その北東側の海岸には長目ながめの浜とよばれる砂礫洲が形成され、湾入部を閉塞し海鼠なまこ池・かい池・鍬崎くわざき池・須口すぐち池とよばれる汽水湖を形成し、東端近くには陸繋島も存在する。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「上島」の意味・わかりやすい解説

上島
かみしま

熊本県南西部,天草諸島のうち北東部にある島。通称天草上島。面積 225.32km2。北東端は天草五橋大矢野島宇土半島と結ばれ,西端は天草瀬戸大橋で下島と連絡する。最高点は倉岳 (682m) で,標高 200~500mの丘陵山地が広く,農漁業を主とする。天草松島や倉岳など景勝地に富み,東海岸を中心として雲仙天草国立公園に属する。八代海に面する南岸を国道 266号線が,島原湾に面する北岸を 324号線 (ロザリオライン) が通じ観光道路となっている。

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百科事典マイペディア 「上島」の意味・わかりやすい解説

上島[町]【かみじま】

愛媛県北部,瀬戸内海に浮かぶ越智郡の町。弓削島,生名島,岩城島,魚島などの島々によって構成される。2004年10月越智郡弓削町,生名村,岩城村,魚島村が合併し町制。因島・今治から船便がある。30.38km2。7648人(2010)。

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デジタル大辞泉プラス 「上島」の解説

上島(かみじま)

兵庫県姫路市、家島群島の最東部にある無人島。別名「ホウロク島」。

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世界大百科事典(旧版)内の上島の言及

【天草上島】より

…熊本県西部,天草諸島中天草下島に次ぐ主島。上島ともいう。面積225km2。…

※「上島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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