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栗本義彦 くりもと よしひこ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

栗本義彦 くりもと-よしひこ

1897-1974 大正-昭和時代の体育指導者。
明治30年7月18日生まれ。東京高師在学中はマラソン選手として活躍。五高助教授,熊本県体育主事などをへて昭和14年厚生省体力局事務官となる。21年文部省体育局振興課長。日本体育大学長,日本体操協会会長などをつとめた。昭和49年8月23日死去。77歳。和歌山県出身。著作に「教養としての体育概論」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

くりもとよしひこ【栗本義彦】

1897‐1974(明治30‐昭和49)
学校・社会体育の推進者。和歌山県に生まれる。1924年に東京高等師範学校体操科を卒業と同時に第五高等学校に助教授として赴任,28年に熊本県第一師範学校教諭,31年に熊本県体育運動主事となる。34年東京師範学校教諭兼任文部省衛生官,38年厚生省体育官として体力局に勤務,45年健民局体錬課長,46年文部省体育局振興課長,49年文部省社会体育局厚生課長を歴任。49年11月に日本体育大学に招聘され,翌50年から72年まで同大学長を務めたが,学長就任後,ラグビーの精神〈トライゲッターであるよりも,チャンスメーカーたれ〉を校風として体育教員の養成を図り,戦後の日本における体育およびスポーツの普及・進展に大きくあずかった。

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