( 1 )中世の文献や古辞書類に見られる「教養」は、現代のそれとは別語で、死者の後世を弔うという意の「孝養(けうやう)」の別表記である。「和漢通用集」には「孝養 けうやう おやにかうかうの義」「教養 けうやう 先祖の仏事」とあり、中世後期には「孝養」と「教養」とに意味分担があったと思われる。
( 2 )①の意の使用は、古く「書紀‐神代上」に「其中一児最悪、不レ順二教養一」(丹鶴本訓 をしへ)と見えるが、日本語として定着せず、明治初期に、近世中国語の影響で、英語 education・educate の訳語として中国から伝わったものであろう。
( 3 )現代の②の意味での使用は大正時代以降か。
教養とは,一般に人格的な生活を向上させるための知・情・意の修練,つまり,たんなる学殖多識,専門家的職業生活のほかに一定の文化理想に応じた精神的能力の全面的開発,洗練を意味する。英語のculture(耕作・養育の意),ドイツ語のBildung(形成・教化の意)の訳語である。前者はふつう〈文化〉と訳される語であるが,たとえばキケロが〈cultura animi(魂の耕作・養育)が哲学である〉と言った場合,またこれを受けて中世で広くcultura mentis(心の耕作・養育)の語が用いられた場合の〈精神的教化・教育〉の意義は,この訳語〈教養〉によってよく示されている。日本でこの教養の語が広く用いられるにいたったのは,しばしば明治の〈修養〉に対する大正の〈教養〉などと言われるように,大正中期の文化主義思潮の中でのことである。三木清も〈大正時代における教養思想は明治時代における啓蒙思想--福沢諭吉などによって代表されてゐる--に対する反動として起ったものである〉(《読書遍歴》1941)としているが,文化主義思潮そのものがドイツ理想主義哲学の大きな影響下に生まれたものであり,物質的・実利的〈文明〉に対する精神的・価値的〈文化〉の力説に主眼があったのだから,〈教養〉にも同じ刻印が押されていることは否めない。実利主義的,立身出世的,政治的な明治の〈修養〉概念に対して,大正の〈教養〉には内面的,精神的,非ないし反政治的,人格主義的等々のニュアンスが強く帯びさせられているわけである。これが日本で教養という言葉のもっている歴史的含蓄であるとすれば,教養主義的偏向が強く戒められねばならないのはもとよりであるが,しかし他方,たとえば専門課程と一般教養課程とに分けられている現代日本の大学教育のカリキュラムにおいて顕著に見られる後者の軽視・蔑視などにはその裏返しの傾向も認められる。訳語としての教養という言葉,およびその実質的内容が,いまだ日本では安定を得るほどに深く根ざすにいたっていないということであろう。
→教養小説 →自由七科
執筆者:生松 敬三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人間の精神を豊かにし、高等円満な人格を養い育てていく努力、およびその成果をさす。とかく専門的な知識や特定の職業に限定されやすいわれわれの精神を、広く学問、芸術、宗教などに接して全面的に発達させ、全体的、調和的人間になることが教養人の理想である。教養はとくに専門的、職業的知識を意識した場合、「一般教養」と表現されることがある。教養ということばの原語である英語やフランス語のcultureがラテン語のcultura(耕作)からきていることからわかるように、土地を耕して作物を育てる意味だったものを「心の耕作」に転義させて、人間の精神を耕すことが教養であると解されている。その「心の耕作」cultura animiという表現を初めて用いたのは古代ローマのキケロである。
心を耕して豊かにするための素材は、時代や社会によって異なって展開されてきたが、ヨーロッパでは古代ギリシア・ローマ的な教養の概念が受け継がれてきている。ギリシアでは精神と肉体が調和した全人的教養人が理想とされ、そのために学ぶべき知識が学科目として提示され、それがやがて自由七科へと発展、継承されていった。古代の教養の概念はルネサンス人文主義のなかによみがえり、さらに18世紀後半にドイツの新人文主義運動のなかで、古典文化の精神を学び直し、それを新たに創造、展開し直すという形でとらえ直された。しかし、教養は古典的、学問的に偏り、それ自身が目的となるきらいがあるため、科学・技術が急速に発達し、社会生活も大幅に変化した現代では、教養の新しい内容が求められている。
[諏訪内敬司]
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