根本新田(読み)ねもとしんでん

日本歴史地名大系 「根本新田」の解説

根本新田
ねもとしんでん

[現在地名]氏家町狭間田はざまだ

狭間田村の北に位置し、市の堀いちのほり用水が通る。狭間田村の枝郷。明暦二年(一六五六)の開発を伝える。初め宇都宮藩領、寛延二年(一七四九)下総佐倉藩領、安永三年(一七七四)上知されて再び宇都宮藩領となり幕末に至る。万治三年(一六六〇)検地を受け、高二七石余、田三町四反余・畑七町五反余・屋敷五反五畝余、家数一五・人数三五(地誌取調)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む