桃尾村・針之尾村(読み)もものおむら・はりのおむら

日本歴史地名大系 「桃尾村・針之尾村」の解説

桃尾村・針之尾村
もものおむら・はりのおむら

[現在地名]天理市滝本(たきもと)町

石上(いそのかみ)神宮東方、布留(ふる)川上流の渓谷集落。「大乗院雑事記」文明一一年(一四七九)五月一三日条には「桃尾号竜福寺」とある。「多聞院日記」永正四年(一五〇七)一一月一三日条には「今夜為国衆出頭一国一揆以蜂起了、二上山・三輪山・釜口ノ上・桃尾カヽリ焼了」とある。修道士ロレンソも天文二三年(一五五四)当地に足跡を残しており(フロイス「日本史」)、中世、竜福寺の勢力がうかがわれる。

文禄四年(一五九五)の検地帳(天理図書館蔵)では田畠六町三反三畝二二歩分米合一九四・五三石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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