桐山城跡(読み)きりやまじようあと

日本歴史地名大系 「桐山城跡」の解説

桐山城跡
きりやまじようあと

[現在地名]岩美町浦富

浦富(うらどめ)集落の南西にある桐山(二〇三メートル)に築かれた城。頂上付近に郭跡が残る。木山(きやま)城・木井山(きいやま)ノ城とも称し、紀伊が山(きいがやま)とも記した(因幡民談記・因幡志)。天正三年(一五七五)と推定される二月二四日の二通の垣屋豊続奉書(吉川家文書)には「喜為山」とある。天正元年尼子党が丹後国から海路巨濃(この)郡岩本(いわもと)村(または大谷村日比屋)に上陸、当時廃城となっていた桐山城を修築して拠点としたという(「陰徳太平記」「因幡民談記」など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む