梁田郡(読み)やなだぐん

日本歴史地名大系 「梁田郡」の解説

梁田郡
やなだぐん

下野国の南西端に位置し、北は足利郡。ほぼ現在の渡良瀬川南岸を占め、現足利市の南部、現群馬県館林市北方の一部にあたる。

「和名抄」東急本国郡部では「夜奈多」と訓を付す。高山寺本では太宅(おおやけ)・深川(ふかわ)の二郷を記し、東急本では余戸(あまるべ)郷が加わる。本来は現在の矢場(やば)川付近を流れていた渡良瀬川によって上野国と分けられていたが、永禄年間(一五五八―七〇)の洪水の結果、流路が変わって渡良瀬川は当郡の北を流れるようになったという。古代における郡域は、現在の渡良瀬川以南の足利市域のうち西端の田中(たなか)町付近を除いた地域と想定される。天平勝宝四年(七五二)一〇月二五日には深川郷が東大寺に封戸として給され(「造東寺司牒」正倉院文書)、以後一〇世紀中期頃までは同寺の封戸として存続したらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む