椋橋部家長(読み)くらはしべの いえなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「椋橋部家長」の解説

椋橋部家長 くらはしべの-いえなが

?-? 平安時代前期の官吏
天長-承和(じょうわ)(824-848)ごろの明法(みょうぼう)家。「法曹類林」巻197の勘文にその名がみえ,「令集解(りょうのしゅうげ)」に「椋云」とあるのは家長の説を引用したものとみられている。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「椋橋部家長」の意味・わかりやすい解説

椋橋部家長
くらはしべのいえなが

平安時代初期の明法家。『令集解』中の「椋云」の記事は彼の説といわれる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む