椒下村(読み)はじかみしもむら

日本歴史地名大系 「椒下村」の解説

椒下村
はじかみしもむら

[現在地名]竹野町はじかみ 下村しもむら

気多けた郡に属し、竹野川支流三椒さんしよ川の上流域に位置する。北東椒銅山はじかみあかがねやま村、南は椒中村。椒四ヵ村の一で、元禄一一年(一六九八)の御国絵図御用ニ付道法書上帳(冨森家文書)に「弐拾壱年以前午ノ年ニ下村ニ御制札初而立申候」とある。同九年には庄屋・年寄が置かれており(「庄屋年寄等改帳」同文書)、正徳五年(一七一五)の高付家数書上帳(同文書)によると高五〇石余、家数二八。元禄九年の椒村牛馬犬毛附改帳(同文書)に下村分女牛六・男犬一とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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