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榊原政令 さかきばら まさのり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

榊原政令 さかきばら-まさのり

1776-1861 江戸時代後期の大名。
安永5年3月9日生まれ。榊原政敦(まさあつ)の長男。文化7年越後(えちご)(新潟県)高田藩主榊原家3代となる。質素倹約,殖産興業につとめ,藩財政の立て直しに成果をあげた。文政10年隠居後も政養(まさきよ),政愛(まさちか)の2代の政務を後見した。文久元年6月29日死去。86歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

榊原政令

没年:文久1.6.29(1861.8.5)
生年:安永5.3.9(1776.4.26)
近世後期の大名(越後国高田藩主)。幼名千代蔵,小平太。江戸池の端の藩邸に生まれ,文化7(1810)年父政敦の隠居後,跡を継ぐ。榊原氏は寛保1(1741)年に姫路より高田に転じて以来,慢性的な財政難に苦しんでいたが,政令は襲封すると直ちに藩政改革に着手。質素倹約,虚礼廃止,人材登用に努め,用水開削,赤倉温泉開発,笹ケ峰新田の開拓,植林など種々の殖産政策を行った。飛地の陸奥国浅川領分で行われていた間引きの悪習も養育金を与えて止めさせた。文政10(1827)年に子政養に家督を譲るころには,藩財政も幕府に献金するまでに回復。本所邸に隠居後も,孫の政愛の代まで長く藩政をみ,榊原家中興の主と仰がれた。<参考文献>清水広博編『榊原政令公御事蹟』

(松尾美恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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