榛原庄(読み)はりはらのしよう

日本歴史地名大系 「榛原庄」の解説

榛原庄
はりはらのしよう

入間いるま郡に所在した古代の庄園。庄名は「はんばら」とよんだとも考えられるが不明。中世春原はるはら庄と関連づけて現狭山市辺りに比定する説がある。武蔵国では最も古い記録にみえる庄園で、宝亀一一年(七八〇)一二月二九日の西大寺資財流記帳(西大寺文書)に「田薗山野図」の一つとして「武蔵国入間郡榛原庄一枚布在国印」があげられている。「続日本紀」同八年六月五日条によれば、武蔵国入間郡の大伴部直赤男が神護景雲三年(七六九)に商布一千五〇〇段・稲七万四千束のほか墾田四〇町・林六〇町を奈良西大寺に献進し、その功によって死後に外従五位下の位階を贈られたとある。この記事に榛原庄の名はみえないが、大伴部直赤男が献進した墾田や林をもとに西大寺領庄園として成立したのが当庄とも考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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