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西大寺 さいだいじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西大寺
さいだいじ

奈良市西部の一地区。平城京の右京一条三坊・四坊の地で,地名奈良時代東大寺に対してこの地に建立された西大寺 (境内は史跡) に由来。かつては農村であったが現在は近畿日本鉄道奈良線,京都線,橿原線が交わる交通の要地で,商業・住宅地としての発展が著しい。

西大寺
さいだいじ

岡山県南部,岡山市部の旧市域。1953年西大寺町と幸島村,太伯村など 9村が合体して西大寺市となり,1969年岡山市に編入。鎌倉時代末期に建立された西大寺観音院の門前町として発展。以来市場町,港町も兼ねて繁栄した。江戸時代には海岸部の干拓が進み,大規模な新田ができた。山陽本線の敷設に反対して鉄道通過地にならず,一時停滞したが,1962年国鉄赤穂線が開通して活気を取り戻し,1960年代以降住宅地化が進む。毎年 2月の第3土躍日の深夜,西大寺境内で行なわれる会陽裸祭り)の行事(→西大寺会陽)は有名。

西大寺
さいだいじ

奈良市西大寺町にある真言律宗総本山南都七大寺の一つ。高野寺 (たかのでら) あるいは四王院ともいう。天平神護1 (765) 年に称徳天皇勅願により創立,常騰開基した。奈良時代には東大寺と並ぶ大寺であったが,平安時代にはたびたび失火にあい衰退。鎌倉時代に一時復興したが,再び衰退。現在の堂舎は江戸時代に再興されたもの。『十二天像』など多くの国宝を蔵する。

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デジタル大辞泉の解説

さいだい‐じ【西大寺】

岡山市東区西大寺にある高野山真言宗の寺。山号は金陵山。開創は天平勝宝3年(751)、開基は藤原泰明の娘で皆足(みなたる)姫、開山は安隆。2月第3土曜日に行われる会陽(えよう)裸祭)は奇祭として有名。観音院。
奈良市西大寺芝町にある真言律宗の総本山。南都七大寺の一。山号は秋篠山。天平神護元年(765)称徳天皇の勅願により創建。開山は常騰(じょうとう)。平安時代、災害により衰退したが、鎌倉時代に叡尊(えいぞん)が再興、戒律の根本道場となった。十二天画像・金光明最勝王経などの国宝があるほか、多数の文書を所蔵。高野寺(たかのでら)。四王院。

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百科事典マイペディアの解説

西大寺【さいだいじ】

岡山県岡山市の一地区。1953年市制の市であったが1969年岡山市に編入。吉井川の河口にあり赤穂(あこう)線が通じる市街地は,鎌倉末期建立の西大寺の門前町,市場町として発達した。
→関連項目東[区]

西大寺【さいだいじ】

奈良市西大寺芝町にある真言律宗の総本山。南都七大寺の一つ。本尊釈迦如来。765年称徳天皇の勅願により創建。伽藍(がらん)は唐僧思託の建立した八角七重塔など,唐の影響が強く,当時としては新奇な構造・意匠をもつ寺院であった。
→関連項目安東蓮聖宇治橋舎利塔善円古津法相宗保良宮文観律宗

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デジタル大辞泉プラスの解説

西大寺

奈良県奈良市にある寺院。創建は765年。真言律宗総本山、本尊は釈迦如来。本堂、愛染堂などは国の重要文化財に指定。南都七大寺のひとつ。

西大寺

岡山県岡山市にある寺院。751年創建。高野山真言宗別格本山、本尊は千手観世音菩薩。奈良時代から行われる奇祭、会陽(えよう)(通称「裸祭り」)が有名。梵鐘は国の重要文化財に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

さいだいじ【西大寺】

奈良市西大寺芝町にある真言律宗の本山。高野寺(たかのでら)ともいう。南都七大寺・十五大寺の一つ。本尊釈迦如来。平城宮の西方に位置し,東大寺に対して西大寺と称せられた。当寺の創建は764年(天平宝字8)9月に起こった恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱の鎮定を祈願して,孝謙上皇が銅造7尺の四天王像の造立を発願したのに始まり,765年(天平神護1)に四天王像は完成し,四王院(堂)に安置され,伽藍の基が開かれた。767年(神護景雲1)2月から768年2月に及んで佐伯今毛人大伴伯麻呂,高市麻呂などが造西大寺長官,次官,大判官などに任命され,以後薬師金堂,弥勒金堂をはじめ東西両塔や十一面堂などが建立された。

さいだいじ【西大寺】

岡山市西大寺にある高野山真言宗の寺。正式の寺名は金陵山西大寺観音院。寺伝によると,古く奈良時代,周防の人藤原皆足媛の開基するところという。中世に入って,観音霊場として名高くなり,また寺地備前第一の大河である吉井川の河口に位置して交通の要地でもあったので,門前町が発達して座商人が各地から集まり,当寺は備前南部における信仰,交易,商業の中心地として栄えた。しかし,戦国期に伽藍は2回炎上し,現在の本堂,三重塔,庫裏(くり),方丈,仁王門,牛王殿(ごおうでん),大師堂などの諸堂はいずれも近世の建物である。

さいだいじ【西大寺】

備前国(岡山県)上道郡の南東部,吉井川右岸に発達した河港・門前町で,現在は岡山市西大寺。名刹金陵山西大寺(真言宗)の門前町として,早く中世後期には市座などで栄えた。
[西大寺市]
 金陵山西大寺の門前市。金岡東荘に属し,鎌倉末期,実検に際して作成されたと思われる西大寺観音院境内古図の裏書に,市公事が国方地頭方の支配下にあり,酒屋,魚座,餅屋,莚座,鋳物座その他の市座の公事銭の額を定めた文言がみえる。この史料は1926年に平泉澄が紹介して,日本の市座の初見史料として有名になった。

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大辞林 第三版の解説

さいだいじ【西大寺】

奈良市にある真言律宗総本山。南都七大寺の一。765年称徳天皇の勅願により創建。常騰を開基とする。鎌倉時代、叡尊が出て戒律道場の中心となる。天平時代の四仏像、平安前期の仏画十二天像のほか、鎌倉時代の美術工芸品が多い。高野寺たかのでら。四王院。
岡山市西大寺にある真言宗の寺。二月に行われる会陽えよう行事は、宝木しんぎを奪い合う裸祭りとして有名。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔岡山県〕西大寺(さいだいじ)


岡山市東部の商業・住宅地区。旧西大寺市の市域中心部をさす。同市は1969年(昭和44)岡山市に編入。吉井(よしい)川西岸の真言宗(しんごんしゅう)西大寺観音院の門前町。近世には高瀬舟水運の河港として繁栄。西大寺観音院の会陽(えよう)行事は奇祭「裸祭り」として有名で、本来は旧暦1月14日の小正月(こしょうがつ)の行事だったが、現在は新暦の2月第3土曜日に行われる。

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世界大百科事典内の西大寺の言及

【西隆寺】より

…771年(宝亀2)諸大寺とともに寺印を頒布されているので,このころ造営がほぼ完成したと思われる。寺地は西大寺の近傍,右京一条二坊に4町の広さを占めた。880年(元慶4)に西大寺の管下に入った。…

【真言律宗】より

…奈良西大寺を総本山とする宗派。宗祖は弘法大師空海,派祖は興正菩薩叡尊(えいそん)。…

【南都七大寺】より

…677年(天武6)の大官大寺に始まる大寺制は,四大寺,五大寺と発展し,756年(天平勝宝8)5月に七大寺の名が初見する。8世紀後半に西大寺が創建されるに及んで,東大寺,大安寺,興福寺,元興(がんごう)寺,薬師寺,法隆寺,西大寺を七大寺と称するにいたった。大寺の造営にはそれぞれ官営の造寺司を設けてことに当たり,経営維持のため莫大な封戸・荘地が施入され,別当や三綱が寺・寺僧の運営指導に当たった。…

【密教美術】より

…経典の雑密化の傾向は仏像にも反映し,奈良時代には四天王,梵天,帝釈(たいしやく)天の6尊構成の像が造られ,十一面観音,千手観音,不空羂索(ふくうけんじやく)観音など多面多臂の変化観音像が出現するとともに,仏教に導入された異教神である吉祥天,弁財天,伎芸天,門神としての金剛力士や執金剛神像なども造立された。 奈良末期建立の西大寺は罹災により創建時の像は失われているが,〈西大寺資財帳〉によって,馬頭(ばとう)観音,孔雀明王,那羅延(ならえん)天,火頭金剛,堅牢地神など,のちの純密に属する像がすでに造像されており,平安初期の空海らの純密の請来も,けっして唐突なものではなかったことがわかる。
[純密の時代]
 まず最澄,空海をめぐる美術をとりあげる。…

※「西大寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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