権現坂・姥ヶ沢埴輪窯跡群(読み)ごんげんざか・うばがさわはにわようせきぐん

日本歴史地名大系 の解説

権現坂・姥ヶ沢埴輪窯跡群
ごんげんざか・うばがさわはにわようせきぐん

[現在地名]江南町千代

標高五〇―六〇メートルの台地縁辺部に位置する。狭長な開析谷が発達し、開口部付近に権現坂窯、中位蛇行部に姥ヶ沢窯が築かれていた。権現坂窯は昭和三七年(一九六二)と平成二年(一九九〇)の時点で約二〇基の埴輪窯が確認され、三基が発掘調査された。窯は支谷奥部では八手状に、幹谷部では上下二段に築かれている。上方の台地面には集落が営まれ、工房跡二が確認されており、六世紀初頭から後半まで存続したとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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