橋上郷(読み)はしかみごう

日本歴史地名大系 「橋上郷」の解説

橋上郷
はしかみごう

松田まつだ川の中流域と支流京法きようほう川および下藤しもふじ川流域をいう。享和元年(一八〇一)の「西郡廻見日記」に「右郷七カ村 奥奈路村・平野村・神有村・京法村・坂本村・還住藪村野地大庄屋居村」とあり、大庄屋・同代・老の名がみえる。同書によれば本田高五九〇石余、うち四五七石余蔵入地、一三二石余は深尾近江・渡辺右門の給地、一三石余庄屋給、新田高二一七石余。家数一八九、人数八六〇、牛馬一〇六、鉄砲三一、留山一二、所林八、郡林五、明所山二一とあり、大庄屋の居村である野地のじ村と坂本さかもと還住藪げんじゆやぶ両村には組頭が、奥奈路おくなろ・京法・平野ひらの三村には庄屋が置かれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 番人 下山

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む