正法寺山城跡(読み)しようほうじやましろあと

日本歴史地名大系 「正法寺山城跡」の解説

正法寺山城跡
しようほうじやましろあと

[現在地名]伊予三島市中之庄町

中之庄なかのしよう町の正法寺山頂にあったと伝えられる城。山頂には天正六年(一五七八)まで正法寺(真言宗)があったが、その廃寺跡には砦があったといわれ、城山ともよばれている。

「西条誌」によると、在所より南二〇町、正法寺山の頂上に東西約五〇間、南北約七〇間の城跡と伝えられる場所があるが、城主は不明とあり、城の水を取った豆淵まめぶちにはちような伝承が伝わる。大工が斤を水中に落した時、返してくれたら祠を建てると祈ったところ、湧水とともに浮き出したので、祠を建て、この淵を斤淵ともよぶようになったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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