武蔵田園簿(田園簿)
むさしでんえんぼ
八冊(不分巻)
別称 正保田園簿 幕府編纂
成立 慶安二―三年
写本 東京大学史料編纂所・東京都公文書館
解説 正保国絵図の付録の郷帳の案と考えられ、郡別に村名・村高・田畑高・諸役銭・社寺朱印高・支配代官・旗本知行主・大名領主、また一国の寄高・道法・船道・村駅・古城・名所が明らかにされている。
活字本 「東京市史稿」市街編別冊・日本史料選書一五
武蔵田園簿(田園簿)
むさしでんえんぼ
八冊(不分巻)
別称 正保田園簿 幕府編纂
成立 慶安二―三年
写本 東京大学史料編纂所・東京都公文書館
解説 正保国絵図の付録の郷帳の案と考えられ、郡別に村名・村高・田畑高・諸役銭・社寺朱印高・支配代官・旗本知行主・大名領主、また一国の寄高・道法・船道・村駅・古城・名所が明らかにされている。
活字本 「東京市史稿」市街編別冊・日本史料選書一五
武蔵田園簿(田園簿)
むさしでんえんぼ
八冊
別称 正保田園簿
成立 正保年間
写本 東京大学史料編纂所・東京都公文書館
解説 幕命により正保国絵図に添えられた郷帳の案とされるが、成立については近年慶安二―三年頃との説もある。郡別に二二郡二千四一五村の村高および支配関係を示す。
活字本 「東京市史稿」市街編別冊・日本史料選書一五
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の武蔵田園簿の言及
【武蔵国】より
…しかし郡を単位とする官庁が置かれたわけではなく,徳川氏および大名,旗本,寺社の支配は石高単位でなされた。17世紀半ばに編纂された《武蔵田園簿》によると武蔵国総国高は98万2337石9斗6升5合8夕で,このうち御領と呼ばれた徳川氏の直轄領は48万4814石1斗1合5夕5才,大名領,旗本領,寺社領を合わせた私領は49万7431石6斗1升6合2夕5才であった。 徳川氏は関東へ移ると江戸城を居城とし,家臣団を配置するのに,小知行者を江戸付近へ,大知行者を遠方へ置く方針をとった。…
※「武蔵田園簿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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