永堀町続清住町代地(読み)ながほりちようつづききよすみちようだいち

日本歴史地名大系 「永堀町続清住町代地」の解説

永堀町続清住町代地
ながほりちようつづききよすみちようだいち

[現在地名]江東区福住ふくずみ二丁目

永堀町・海辺大工うみべだいく町代地町の南方に位置する代地。永堀町続深川清住ながほりちようつづきふかがわきよすみ町代地などとも称した。西は材木ざいもく町、南は武家地、東は仙台せんだい堀の枝川を挟んで三河西尾藩松平(大給)家下屋敷。文政町方書上によれば、元禄一〇年(一六九七)清住町のうち榊原式部大輔所持の町屋敷が御用地となったため、宝永三年(一七〇六)元木場もときばの内であった当地を代地とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む