江里ヶ里(読み)えりがり

日本歴史地名大系 「江里ヶ里」の解説

江里ヶ里
えりがり

[現在地名]三日月町大字樋口ひぐち江利えり

現三日月町の南部平坦地にある。

正応元年(一二八八)関東御教書(松浦山代家文書)にみえる「恵利村」とは、江里ヶ里のことと推定される。

<資料は省略されています>

恵利村名主職は、山代亀丸のものとなったが、正応四年の関東下知状(同文書)によれば、恵利村の代替として筑後国に山代氏が土地をもらったことがわかる。

<資料は省略されています>

恵利村の在地領主と考えられる恵利弥次郎兼網後家蓮阿、それに小城郡の総轄的支配者千葉太郎宗胤の活動がこの訴訟事件によって明確に出ている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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