沖田村(読み)おきたむら

日本歴史地名大系 「沖田村」の解説

沖田村
おきたむら

[現在地名]南陽市沖田

郡山こおりやま村と小松こまつ(現東置賜郡川西町)を結ぶ新道に沿い、西は宮崎みやざき村、北東高梨たかなし村。元禄一五年(一七〇二)の変地帳(上杉家文書)によれば、高梨村のうちから沖田村を新しく取立て、国絵図・郷帳に載せたとある。しかし天保郷帳には村名がみえない。寛政三年(一七九一)初めて村高が記載され、天明元年(一七八一)の高三六三石余、本免二ツ八分(沖郷村史)。上杉領村目録によると高三六三石余、本免二ツ八分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む