油町一丁目(読み)あぶらまちいつちようめ

日本歴史地名大系 「油町一丁目」の解説

油町一丁目
あぶらまちいつちようめ

[現在地名]南区長堀橋筋ながほりばしすじ一丁目・島之内しまのうち一丁目

鍛冶屋かじや町一丁目の西にあり、南は周防町すおうまち筋までの一町の範囲。元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数一六・役数二一役で、うち年寄分・会所分各一が無役。年寄は新庄屋甚右衛門。勧化三〇町組の一町で、嘉永二年(一八四九)の坪数高年番定帳(大阪市立中央図書館蔵)によると坪高は一千七一〇坪、年寄分・会所分を引いた一千五八〇坪が負担坪数。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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