波賀野新田(読み)はがのしんでん

日本歴史地名大系 「波賀野新田」の解説

波賀野新田
はがのしんでん

[現在地名]篠山市波賀野新田

波賀野村南東に位置し、武庫むこ川支流の波賀野川が流れる。北に高仙寺こうせんじ山がある。波賀野村から分立した時期は未詳ながら、文禄年間(一五九二―九六)に諸役免除の御書を与えられたという(多紀郡明細記)明智光秀の滅亡後は羽柴氏直轄領で、天正一五年(一五八七)から金吾秀秋(豊臣秀吉の養子)領、慶長二年(一五九七)から前田茂勝領であったという(「八上高城城主代々」稲山家文書)大塚おおつかに篠山藩波賀野蔵が置かれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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