洗馬庄(読み)せばのしよう

日本歴史地名大系 「洗馬庄」の解説

洗馬庄
せばのしよう

「小右記」長和三年(一〇一四)一〇月二三日条に、洗馬牧の牧司忠明朝臣が、京都の領家実資のもとへ牛馬などを貢納した記事がある。洗馬牧は現在の東筑摩(ひがしちくま)郡朝日(あさひ)村の西洗馬・小野沢(おのざわ)・針尾(はりお)から鉢盛(はちもり)山山麓にかけての地域であろう。洗馬庄は洗馬牧の牧司などが牧の隣を藤原氏に寄進した荘園と推定される。荘域は、初めは現塩尻市洗馬の芦(あし)ノ田(た)・小曾部(こそぶ)・岩垂(いわだれ)地区で、のち西洗馬・現松本市の今井(いまい)・今村方面まで拡大したものと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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