洛陽焼溝遺跡(読み)らくようしょうこういせき(その他表記)Luo-yang shao-gou

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「洛陽焼溝遺跡」の意味・わかりやすい解説

洛陽焼溝遺跡
らくようしょうこういせき
Luo-yang shao-gou

中国河南省洛陽市の北西 1.5kmにある戦国墓,漢墓を中心とした墓葬群。遺跡はぼう山の南麓,隴海鉄路の北に位置する。南北 500m,東西 700mにわたっておびただしい数の戦国,秦,漢,魏,晋,隋,唐の墓葬が存在し,1952~53年に 59基の戦国墓と 225基の漢墓が発掘された。戦国墓は一般に竪穴墓で,戦国時代後期に属し,また,漢墓は前漢中期から後漢の晩期まで約 300年間にわたって造られたものである。これらの漢墓は6期に区分され,漢墓研究の基本となる編年が試みられている。

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