津名久村(読み)つなぐむら

日本歴史地名大系 「津名久村」の解説

津名久村
つなぐむら

[現在地名]大和村津名久

思勝(おんがち)村の東に位置し、集落は思勝湾に北面する。屋喜内(やきうち)間切の大和浜(やまとはま)方のうち。チナグともいう。当地の大山家には曲玉などのノロ祭具が伝有される。龍郷(たじご)方(現龍郷町)の田畑佐文仁が正徳二年(一七一二)から元文三年(一七三八)までに開発した大島の四九四町余の新田のうちに当村も含まれる(奄美大島史)。「大島私考」には大和浜方一二ヵ村のうちとして「津名久村」とみえ、高四二石余、うち享保内検後の開地は一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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