津布佐庄(読み)つぶさのしよう

日本歴史地名大系 「津布佐庄」の解説

津布佐庄
つぶさのしよう

宇佐宮弥勒寺領の庄園で、庄域は駅館やつかん川支流津房つぶさ川・恵良えら川の流域一帯から速見郡にまで及んだと考えられる。文治年中(一一八五―九〇)と考えられる弥勒寺喜多院所領注文(石清水文書)に「津布佐庄八十丁」とみえる。のち弥勒寺は預所職を留保して本家職を山城石清水いわしみず八幡宮に寄進し、預所となっている。承久二年(一二二〇)一二月当庄を含む「庄々并屋地」が石清水検校祐清から権別当僧都棟清に譲られている(「石清水検校祐清譲状」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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