津風呂村(読み)つぶろむら

日本歴史地名大系 「津風呂村」の解説

津風呂村
つぶろむら

[現在地名]吉野町大字津風呂

吉野川北岸、河原屋かわらや村東部にあった村。村地は津風呂ダムの建設により水没した。

「日本書紀」天武天皇元年六月壬申の乱の条に「乃ち皇后は、輿に載せて従せしむ。津振つふり川に逮りて、車駕始めて至れり。便ち乗す」とみえる。正平一四年(一三五九)から同二〇年にかけて書写された運川うんせん(現川上村大字東川)所蔵大般若経には、竜門寺津風呂室・津風呂奥室・津風呂館・津風呂亭・津風呂薬師堂などの名が記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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