浅草三島西蔵院門前(読み)あさくさみしまさいぞういんもんぜん

日本歴史地名大系 「浅草三島西蔵院門前」の解説

浅草三島西蔵院門前
あさくさみしまさいぞういんもんぜん

[現在地名]台東区寿ことぶき四丁目

浅草福川あさくさふくかわ町の西にある。南は浅草吹上御庭方あさくさふきあげおにわかた拝領屋敷・武家地・浅草真砂あさくさまさご町、北は通りを隔てて浅草田原あさくさたわら町一丁目、西は通りを隔てて浅草金龍寺あさくさきんりゆうじ門前。三島明神社地の東西に立てられた門前町屋。浅草三島門前ともいう。西蔵院(現真言宗智山派)は三島明神の別当寺金杉かなすぎ村にあった。三島明神も往古は金杉村にあったが、宝永六年(一七〇九)東叡山御用地として収公されて浅草元小揚あさくさもとこあげ町とよばれていた現在地に代地一千坪余を与えられて移り、正徳元年(一七一一)社地二三三坪を除く七六七坪余の地に門前町屋を立てることが許可された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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