旧浅草区地区(読み)きゆうあさくさくちく

日本歴史地名大系 「旧浅草区地区」の解説

旧浅草区地区
きゆうあさくさくちく

台東区の東半を占め、南は神田川、東は隅田川に面し、西は下谷地区。古刹浅草寺を中核とする地域で、江戸時代初期からしだいに町場化が進み、町屋は江戸時代後期には一五四町(御府内備考)。名主番組では三番組・一三番組・二一番組に属した(安永三年小間附町鑑)明治元年(一八六八)町方分・在方分とも東京府に属し、同二年の五〇区(番組)制では日本にほん堤以南は三八番組・四〇―四三番組・五〇番組、以北は地方四番組に属した。同五年の大区・小区制では旧武家地・寺社地を含め第五大区一―二小区・五―六小区・八―九小区・一一―一二小区、第一〇大区二―三小区に分属した。同一一年には東京府一五区の成立に伴い一一〇町をもって浅草区が成立。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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