満穴村(読み)みつあなむら

日本歴史地名大系 「満穴村」の解説

満穴村
みつあなむら

[現在地名]佐賀市本庄町ほんじようまち大字末次すえつぐ字満穴

佐賀城の南に位置する水田地帯。文化一四年(一八一七)の郷村帳によると末次西分すえつぐにしぶん村として満穴・古賀が記され、独立して満穴村と称される場合と末次西分村に属していた場合とがあった。

水ヶ江竜造寺氏の本拠みず城のすぐ南で、同氏を継いだ多久家の所領であったが、慶長一六年(一六一一)のいわゆる三部上地によって本藩の蔵入地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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