源清田村(読み)げんせいだむら

日本歴史地名大系 「源清田村」の解説

源清田村
げんせいだむら

[現在地名]河内村源清田

新利根川と利根川の間の自然堤防洲上に位置し、北は手栗(てぐり)村、東は長棹(ながさお)村。生板(まないた)村の村鑑(妙行寺蔵)によれば、もとは生板村の一部であったが、寛文七年(一六六七)分村という。しかし「稲敷郡郷土史」は慶長一三年(一六〇八)の新開とする。江戸時代は天領・旗本領で、元禄郷帳の村高は九九八石余。幕末は天領七七五石余、旗本根岸氏領二六二石余、菅谷氏領二八八石余(各村旧高簿)。「新編常陸国誌」は小名として古通(こどおり)・保村(ほむら)・鍋子(なべこ)・中曾根(なかぞね)・遠下(とおじも)・反高(はんだか)などを記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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