中曾根(読み)なかぞね

日本歴史地名大系 「中曾根」の解説

中曾根
なかぞね

[現在地名]東部町大字和

北国脇往還海野(うんの)宿より栗林(くりばやし)村・東田沢(ひがしたざわ)村等に通ずる道沿いにある集落。村の中央を烏帽子(えぼし)岳山麓より西沢(にしざわ)川(成沢川)が流れている。村の南方段丘の突端には、小県郡内最大の「丸山古墳」がある。往昔より海野氏領有と伝える。天文年間(一五三二―五五)武田氏領有となり、天正一〇年(一五八二)武田氏滅亡後は、真田氏の領有となった。慶長五年(一六〇〇)真田信之の領有となり廃藩置県まで上田領。寛文五年(一六六五)一〇月の年貢割付状(荻原家文書)に「本高弐百七貫八百七拾五文内高百弐拾七貫七百八拾七文 中曾根村大塚赤石村」として中曾根村庄屋あてに出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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