潮路村(読み)うしよろむら

日本歴史地名大系 「潮路村」の解説

潮路村
うしよろむら

[現在地名]寿都郡寿都町字歌棄町うたすつちよう

明治初年(同二年八月―同六年の間)より同三九年(一九〇六)まで存続した村。のちオショロとも。寿都湾の南東岸にある。スッツ場所絵図(増田家蔵)ウショロとみえ、ヲタスツ領境となっている。明治四年の歌棄郡永住人別書上(祭魚洞文庫旧蔵)ではウショロとみえ、家数四八・人別一九二。同年の「春日紀行」に「忍路」と記される(同年五月二六日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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