濁沢(読み)にごりさわ

日本歴史地名大系 「濁沢」の解説

濁沢
にごりさわ

[現在地名]長岡市濁沢町

太田おおた川最上流集落の蓬平よもぎひら村の西の下流にあり、大峰おおみね山南麓、金倉かなぐら山北麓にあたる。川を下れば村松むらまつ村へ至る。南は虫亀むしがめ(現古志郡山古志村)へ通じる。天正村名考(温古之栞)に「にごり沢入三十七軒」と伝える。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録では「東山村」高二九〇石七斗余のうち。現山古志やまこし村を中心とした東山ひがしやま村あるいは山二十村やまにじゆうむらと称される一村で、のちに蓬平村を中心とした山六ヶ村と併せて古志郡山中組に組入れられ、郡中割では荷頃にごろ(現小千谷市)のうちとして一部を負担している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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