瀬沢村(読み)せさわむら

日本歴史地名大系 「瀬沢村」の解説

瀬沢村
せさわむら

[現在地名]富士見町瀬沢

つくえ村の北西甲州道中(現国道二〇号)に沿う街村。天正一八年(一五九〇)の諏訪郡御検地御高帳(諏訪郡諸村並旧蹟年代記)に「高百九石弐斗 瀬沢郷」とあるのが初見である。元和九年(一六二三)の諏訪頼水免定書(久保氏蔵)には、

<資料は省略されています>

とあり、諏訪頼水の家臣らが瀬沢村の百姓の訴えを聴き年貢を減じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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