火行村(読み)ひぎようむら

日本歴史地名大系 「火行村」の解説

火行村
ひぎようむら

[現在地名]一戸町中山なかやま

東は平糠ひらぬか村、南は中山村、北は小繋こつなぎ村に接する高原の村。「雑書」正保四年(一六四七)四月一三日条に「中山之内飛行村」とあり、前日の火災が報告されている。元禄十郡郷帳では中山村に入るとある。元文四年(一七三九)の福岡通絵図(盛岡市中央公民館蔵)には蔵入高一一石余とある。「邦内郷村志」では蔵分一一石余は皆畑で、家数九・人数四五、馬二二とあり、「此処松前侯休舘、本陣伝兵衛」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 中略

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む