灰久保馬場
はいくぼばば
[現在地名]人吉市灰久保町
土手馬場の北、東の勘左衛門川対岸には老神馬場があり、東西の土手馬場と並行する形で形成された武家町。西は間村、北は球磨川に面する。寛政一〇年(一七九八)の藩士分限帳(熊風土記)によれば、二〇石取山田万助、五〇石取千々岩儀助・市来丹左衛・同豊永新七郎・桑原庄八らの知行取がおり、扶持方は三人扶持の万江犀次郎をはじめ、笹木惣右衛門・有馬伝右衛門・岩崎立章らがいた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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