日本歴史地名大系 「片生村」の解説 片生村かたおいむら 山形県:西村山郡大江町片生村[現在地名]大江町勝生(かつおい)小清(こせい)川最上流、標高五〇〇メートルの北に開いた傾斜地にあり、北は小清村、南の立木(たてき)村(現朝日町)、東の大沼(おおぬま)村(現同上)とは峠越えで結ばれる。かつては三キロ余り北の小清村枝郷の田代(たしろ)に近い古屋敷(ふるやしき)に居住し、出作耕作をしていたが、永禄三年(一五六〇)からの最上氏の攻勢により、分水嶺に近い現在地に移ったと伝える。最上氏領から元和八年(一六二二)以降幕府領。寛永検地の高五六石余(最上記)。正保郷帳に片負村とあり、田方五二石余・畑方三石余。長く片生村と称したが、天保四年(一八三三)の大飢饉のあと潰家が出たりして、同一二年佳字の勝生村に改名した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報