牛頸村(読み)うしくびむら

日本歴史地名大系 「牛頸村」の解説

牛頸村
うしくびむら

[現在地名]大野城市牛頸一―四丁目・紫台(むらさきだい)・南(みなみ)ヶ丘(おか)一―七丁目・つつじヶ丘(おか)一―六丁目・畑(はた)ヶ坂(さか)一―二丁目・月の浦(つきのうら)一―四丁目・若草(わかくさ)一―四丁目・宮野台(みやのだい)・平野台(ひらのだい)一―四丁目・横峰(よこみね)一―二丁目・緑(みどり)ヶ丘(おか)一―四丁目・牛頸

上大利(かみおおり)村の南西にあり、牛頸山北麓、牛頸川上流域に位置する。北は那珂(なか)郡春日村・下白水(しもしろうず)村(現春日市)、東は向佐野(むかいさの)村・大佐野(おおさの)村(現太宰府市)、南は平等寺(びようどうじ)村(現筑紫野市)。村名は牛首とも記され(寛永一一年「黒田忠之加増地宛行状」桐山家文書)、名の由来は牛が首を伸ばしたような形をした長くて低い山があることによる(続風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む