牧野忠周(読み)まきの ただちか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「牧野忠周」の解説

牧野忠周 まきの-ただちか

1721-1772 江戸時代中期の大名
享保(きょうほう)6年9月21日生まれ。牧野忠寿(ただかず)の子。享保20年越後(えちご)(新潟県)長岡藩主牧野家5代となる。延享3年致仕して忠軌(ただのり)と名をあらためた。明和9年6月28日死去。52歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む